足田メロウ
滋賀
Q.(陶芸/ガラス/金工/木工/革)の道を志すこととなったきっかけや思いを教えてください。
元々は絵描きだったのですが、アルバイトをしながら絵を描くような鳴かず飛ばずの暮らしを20年ほど続け「このままだと何も変わらないまま老いてしまう」という危機感が強くなり(当時40歳です)、生活費を稼ぐための仕事も絵の制作のモチベーションに直結するようなものを選ばなければ、という思いから陶芸をやってみることにしました。
「陶芸を」となったのはとてもわかりやすく“両親が陶芸家”だったからです。とりあえず両親の仕事場を間借りして作業をさせてもらえば、わからないことがあってもすぐにアドバイスを受けられるし、道具も貸してもらえるし、そうこうして、もしも順調にいくようなら機を見て独立すればいい。と、当初はそんな軽い感じで考えてましたので、絵を描く隙間の時間に両親の仕事場に出向いて隅っこでちょこちょこと作陶させてもらっていました。
しかし、間借り生活を始めて2年ほどで母が病気で亡くなってしまい、両親の作品は父がロクロでお皿やコップを作って、母がそれらに絵付けをするというスタイルで、母が居なくなってしまったら作品も出来上がらないので、父は廃業を決意。仕事場は「もしお前が使うなら残しておく(ただし家賃は払ってな)」ということになり、仕事場と道具一式を引き継がせてもらうことになりました。こうなった以上は本腰入れて取り組まないと、仕事場を残してくれた父、早く亡くなった母に申し訳が立たないので、本格的に陶芸に取り組むことになりました。
今現在も「絵を描いたり陶器を作ったり」の暮らしですが、陶芸は作業工程が多く、一度作業を始めると完成までほぼ付きっきりで時間の隙間はあまり無く、乾燥待ちや窯焚き後の冷めるの待ちなど、ちらほらと木漏れ日のような空き時間がやってきた時に絵を描いています。そんな風に絵と陶器を行ったり来たりしながら、絵で描いたものから陶器の着想を得たり、陶器で作ったものを絵に登場させてみたりと、けっこう楽しくやっています。これからも絵と陶の両脚で大地を踏みしめながら(ときどきバランス崩してコケたりしながら)歩んでいければいいなと思っています。
Q.どんな瞬間に、どんなものやことからアイデアを引き寄せていますか?
作品のアイデアはそのことを考えている時より、むしろそんなことまるで意識していない油断しきっている時に突然やってくることが多く、しかも作品の制作とは全然関係なさそうなタイミングだったりします。アイデアの種は言語化しにくい無意識の感覚の中に潜んでいることが多く、何がトリガーになるのかはわかりませんが、ふとした拍子に発芽するもののようです。
そして、日々の暮らしの中で「何を見て何と出会い何を感じたか」により発芽するものの正体も変容するものなんだろうな、という認識ですので、なるべくいいものと出会っておきたいですし、そのための意識は怠らないようにしなければいけないなと思っています。
Q.音楽、道具、食べ物、空間など、手を動かす時に欠かせないものを教えてください。
若い頃は音楽とビールでしたが、今は「無音と水」です。
Q.メロウさんの作品は、器のどこかに必ず「余白」が残されているように感じます。使う人が“入り込む余地”を残すために、制作で意識していることは何ですか?
僕の絵は「物語がありそう」と評されることが多いのですが、僕自身はただただ描きたいものを描いているだけで、特に物語的なことを考えて作画している訳ではありません。もし物語性を感じたのなら「その方がご自身で僕の絵の物語を考えてください。」というスタンスで、もしかしたら陶器でもそのようなニュアンスを匂わせているのかもしれません。その相手に投げている部分が余白のように感じてもらえるのかもしれませんね。僕の作品を手に取ってくれた方が、親しみのこもった物語なり妄想なりを紡いでくれたら最高だな、と思います。
Q.ご自身の手から生まれた器やオブジェの「顔(キャラクター)」たちと、日々の暮らしの中でどのような対話が生まれていますか?
お地蔵さんのような存在に対しての憧れみたいなものがあり、自分の作品も人々の日々の暮らしの中でそのような存在になれたら良いなと思っています。前を通り過ぎる時に軽く手を合わせたり、手を合わさないまでも心の中でちょっと挨拶してみたり、たまに愚痴ってみたり、そんな存在なれますようにと祈っています。
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